朝、シャワーを浴びてメイクを始めると、決まってチビが椅子の上の私の膝に乗ってくる。別に甘えに来る訳ではなく、普段チビが悪戯しないよう厳重に閉めてある鏡台の蓋が、この時だけ解禁されるからだ。色んな形のボトルやケース、色とりどりのパレットや鉛筆など、鏡台の中はチビにとってまるでおもちゃ箱のようで、次から次へと引っ張り出しては中を開け、私に怒鳴られて元に戻す..... の繰り返しだ。何度も膝から降ろそうと試みたが、ネバっこい足を私の身体に絡ませて離れない。相手にしているとドンドン時間が過ぎてしまうため、適当にあしらいながらメイクをするようになった。しかし、このチビの悪戯はその日の私の顔に大きく影響する。例えば、眉をペンシルで描いている時に悪戯をされると眉尻が上がったり、チョットかわいらしいことをされると眉尻が下がったりと、鬼顔になるか福顔になるかは全てチビ次第だ。そう言えば小さい頃、同じように母親が化粧をしている脇で悪戯をして怒られ、『あんたのせいで今日は怒った顔になっちゃったじゃない!』と言われたことが度々あった。同じセリフが自分の口から出ていることに気が付き、そっと一人苦笑いをしてしまった。
母は若くして結婚した上に普段から身なりもオシャレに着飾っていたため、同級生のお母さん達に比べると確かに綺麗だった。しかし子供心にそんな母親よりは、当時のホームドラマの定番の、チョット小太りで着物を着て割烹着を身に着けている母親像に憧れていたため、母親のこの容姿はあまり好きではなくむしろがっかりしていた。それでも『綺麗なお母さんで良かったでしょう?』と自画自賛しながらせっせせっせと化粧に励んでいる母親を見て、自分だけはこうなるまい、と固く心に誓ったものだった。
そんな母親も、癌で60歳そこそこで亡くなった時、身体を拭いてくれた病院の看護婦さんから『お母さん、いつも綺麗にしていたから、最後も綺麗にしてあげないとね。』と言われた。相変わらず病院でもせっせせっせとやっていたようだ。死化粧は、普段化粧をあまりしない姉に代わって私がやった。看護婦さんが用意してくれた化粧セットで顔に色を足していくが、なかなかうまくいかず段々ケバい顔なってしまい、『そんな顔だとお母さんに怒られるわよ~!』と看護婦さんに言われてやり直した。一応それなりの顔になり、レースひらひら~の死装束で三途の川を渡った母は、あっちでもせっせせっせとやっているのだろうか?
すっかりメイクの順番を覚えてしまったチビは、次に私が使うものを手渡してくれるまでになった。
私が死んだ時の死化粧は、確実にこの子だな。
最後の仕上げはパープルでお願いね~♪