Oct 10, 2008

コマスミダ~!!

明日から連休だし、ショーウインドウのディスプレイでも変えようと夕方からやり始めたら、あっという間に8時を過ぎてしまった。チビちゃんがママを待ち焦がれているといけないので(希望)、早く帰ろうと思って最後のメールチェックをしたら、前回のブログで書いたKさんから再びメールが。

『とうとう13日に日本を発ちます。これまでのお礼の品を送りましたので......云々』と、相変わらず義理堅い、優しいKさん。明日には店に届くそうで、何だろう~!と、少々ウキウキ気分。

風邪引いてオカマ声が治らない今日この頃、Kさんのおかげで明日も元気にお店に来る楽しみが増えたわん!!

Kさんありがとね~!!
韓国行ったらまた遊んでね~!!
屋台でまた一杯やろうね~!!
スンドゥブチゲ ジュセヨ~~!!

Oct 6, 2008

ミヤネダ~!

先日、以前日本語を教えていた韓国人のKさんからメールが届き、この9月に無事日本の大学を卒業し、今月中に韓国へ帰ると連絡があった。あの頃はありがとう、というお礼と、韓国へ帰ってからもヨロシク、という内容だった。

あれからもう何年経つのだろう?当時は私も時間に余裕があり、毎週土曜日の夕方から約2時間、みっちり(?)授業をした後、軽くコーヒーを飲んで雑談をし帰宅、という日々が約2年続いた。

Kさんは非常に優秀で、私が教えるまでもないかな?と最初は思ったが、学習すればするほど教科書で学ぶ会話と、日常会話とのギャップが顕著になり、授業後の雑談から得られるモノの方が大きかったかもしれない。

千葉の優秀な大学の博士課程を卒業し、日本での就職も考えたが、景気も悪いことだし、とりあえず韓国で就職活動をするとのこと。

当時は折りしも「韓流ブーム」真っ只中で、私はたまたま当てられた生徒が韓国人だっただけで「韓流ブーム」には全く縁が無かったが、Kさんが教えてくれる生の韓国情報やビデオなどの「おかげ」で、そこらのおばちゃんよりは詳しかっただろう。

Kさんは卒業し韓国へ、私はいつの間にか鎌倉へと、時の流れを実感する今日この頃。

写真は私のお気に入りだった韓国ドラマ『ごめん、愛してる!』。
ラスト2回をちょうど韓国を旅している時にホテルのテレビで見て、お気に入りになったもの。その後Kさんが全てCDにダビングして、プレゼントしてくれた。

だから、「韓流」にははまってないってば.......!?

Kさん、元気でね~~!!

Oct 4, 2008

シェルザウルス

鬼のように忙しい1週間でした。

月末の事務の忙しさの最中に新商品が入荷し、商品チェックや値付け、それに伴う店内レイアウトの変更など、更にそこへチビちゃんの検診やらなんやらで、文字通り「寝る間を惜しんでの」1週間でした。

まだ終わった訳ではないけれど、一応目星がついたので、チョット一服。

この写真、新しく入荷した「民族布を使った帽子」なんだけど、上の写真は仕入先の友人が送ってくれたサンプル画像。で、店内に飾るのに手頃なマネキンがないから、ダンボールとガムテープを駆使して作ったのが下の写真。

なんだろう~何がいけないんだろう~。貝の飾りがどうしても目に見えて、怪獣みたい。

忙しい最中に『う~ん、う~ん!』と悩んでいたら、夫から『ナニシテマスカ ???』と怒鳴られた。

やっぱりマネキン買おうかな.......。

Sep 27, 2008

コーヒー考

今日は涼しい~、むしろ寒いくらい!
こうなると、ホットのカフェオレが恋しくなる。寒い冬に、暖かいカフェでセンスのいい音楽を聴きながら、温かいカフェオレを飲みつつ本を読む。今の私の一番の「夢」かもしれない。
あと10年はムリかな....?

私の母親は、「コーヒーのお手前」などというカルチャースクールに通っていたほど、コーヒー好きだった。家には手動の「コーヒー豆挽き」があり、小さい頃はギコギコ挽くのが大好きで、豆のまま保存した方がいいのにも関わらず、家に有る全ての豆を挽いてしまい、怒られたものである。

その頃は母の入れた(たぶん)おいしいコーヒーに、たっぷり牛乳を入れた「コーヒー牛乳」が専らで、コーヒーの味など意識したことはなかった。しかし、初めての海外放浪で立ち寄ったイタリアのローマで、貧乏旅行だったため「マック」で安いハンバーガーをボソボソ食べていたら、若いお兄ちゃんが寄ってきて『終わった?じゃぁ行こう!』 ...... 『ど、どこへ?』と聞く間もなく、裏通りのお洒落なBARへ。カウンターだけの小さな店で、映画に出てきそうな粋なバーテンダーと、ちょい悪な親父達がコーヒー片手に話を弾ませていた。

お兄ちゃんが注文し運ばれてきたものは、小さい小さいコーヒーカップに凄~く濃そうなコーヒーが入ったもの。そこへたっぷりの砂糖を入れ、私に渡してくれた。彼がクイッ!っと一気に飲んだので、私も真似してクイッ!っとやると、めまいがして、その場にへたり込んだ。コーヒーを飲んでクラクラしたのは、後にも先にもこの時だけである。コーヒーの刺激が、そのまま頭の上に抜けていくような感じだった。今まで飲んでいた「お子ちゃまコーヒー牛乳」とは、当たり前だが格段に違った。

その後、またどこかへ連れて行ってくれるらしいお兄ちゃんをうまく巻いて、再び一人で貧乏旅行を始めたのだが、あの極上のコーヒーの味は忘れられず、日本に帰ってきてからも度々探してみたものの、当時(20年以上前)は「カフェ」ではなくまだ「喫茶店」の時代だっため、これが「エスプレッソ」だと知るまでに相当長い時間がかかった。

今は町に「カフェ」が溢れ、特にここ鎌倉は数え切れないほど「カフェ」が存在する。いつか時間ができたら、ゆっくり散歩をして自分のお気に入りの「カフェ」を見つけたいものだが、これも10年先になるかな?その頃はもう昆布茶だったりしてね。

Sep 24, 2008

チベット考

さわやかな秋風と頭痛明けの今日は、なんと清々しいことでしょう!
これでお客さんがいっぱい入ってくれたら言うことないけれど、まぁ、ぼちぼち頑張りましょう。

うちの店はチベット専門店のため、多少なりともチベットに関心がある人が多く訪れる。思い入れの強い人も多く、過去に行った想い出話や、チベットに関わることになったエピソードなど、皆思い思いに語る。感極まって涙を流される人も多く、チベットというものの位置付けについて、度々考えさせられる。

私がチベットを訪れるきっかけは、真面目なお客さん達と違って非常に不道徳なもので、もともと旅好きで、世界中を往復のエアーチケットだけを握り締めてフラフラしていた。そんな時、アイルランドへ向かう飛行機の機内上映の映画がとてもおもしろく、往復同じものを観たにも関わらずビィービィー泣いてしまい、その内容の一部にチベットのことが取り上げられていたため、『よし、次はチベットだ!』と決めただけだった。

その頃は、私の中でチベットについての情報は皆無だったため、「旅」となると身体中のアドレナリンが全開になる私は、本を読み漁り、ビデオを観まくり、ネットで調べまくり、気が付いた時には片言のチベット語を話しながら、往復のチケットだけを握り締めてラサの空港に立っていた。

...... チベットでのエピソードを書き始めると店の仕事ができなくなるので、それはまた今度ということで ......

私のこんな不謹慎なきっかけはともかく、チベットと言うものがなぜこれほどまでに人々の心を魅了するのか、この問いを自分に投げかけてから久しい。まだまだ、勉強が必要だ。

Sep 22, 2008

バファリンプラスでもいいよ!

昨日から頭痛が..... いわゆる精神的な、「悩みが多くて頭痛が....。」 と言うのではなく、ホントに頭が痛い方。
もともと頭痛持ちで、何かと言えば頭痛が起きる。例えば風邪の引き始め、眼の使い過ぎなど、体調の崩し始めは全て頭痛が起こる。小さい頃からこの傾向があり、いつもは元気いっぱい夢いっぱい走り回っているのに、年に一度、決まって年度末、大きく体調を崩す。熱が40度近くまで上がり、『天井がゆらゆらしてるよ~!』と言っては、母親を心配させた。ちょくちょく風邪を引いたり熱を出したりする姉と違って、このとき以外はあまりにも元気のため、そのギャップにハラハラさせられる母は、『姉よりも性質が悪い!』といつも嘆いていた。

さて、この付き合いの長い頭痛だが、空白の2年間がある。

初めてチベットを旅した時、高山病の前兆である激しい頭痛に悩まされた。一番低いところでも富士山の頂上くらいと言われるチベット、起こりうるであろうこの頭痛を予測して、1週間の滞在の最初の3日間はラサ市内や近郊をプラプラする程度の、あまりムリをしない日程を組んだ。これは正解だったが、毎晩今までに経験したことのない、激しい激しい頭痛に襲われ、ベッドでのた打ち回っていた。夜でもまだ明るい外をホテルの窓から眺めながら、『あたし、こんなところで何やってんのかしら....?』と自問自答していたのを思い出す。

日本から持参した常備薬の「バファリン」は全く効かなかったが、ラサからバスで2時間くらいのお寺へ行った時に、隣に座っていたお坊さんが勧めてくれた10粒入ってわずか1元(16円)の怪しい頭痛薬はよく効いて、身体の慣れもあってか4日目ぐらいからは徐々に回復し、帰る時にはをすっかり忘れていたが、あのよく効いた怪しい薬だけは2箱買っておいた。

日本に戻って来て、いつもと同じ忙しい毎日を送っていたある日、ふと気が付いた。頭痛がしていないのだ!常備薬の「バファリン」も、買い置きしておいた「怪しい頭痛薬」も、全く使っていないのである。これは、私にとって画期的なことだった。たぶんチベットで、身体のあらゆる器官が活性化したんだろうと、勝手に結論付けておいた。

その後3回ほどチベットを訪れ、2回目はまだ現地で頭痛がしたが最初ほどではなく、後半2回は全くしなかった。つまりこの頃は、日本はおろかチベットでも頭痛知らずで、夢のような健康状態だった。

最後に店の品の買い付けにチベットを訪れてから、もう半年以上が経つ。最近また以前のように、頭痛が度々起こるようになった。

チベットエキスが切れてきたかな?
飛行機のチケット代が「バファリン」くらいだったらいいのに....。

Sep 19, 2008

ボクノ オトウサン

ホントに勝手がいいもので、チビが店にいると仕事がはかどらないため『(家に)帰れ~帰れ~!』オーラを出して追い出し、でもいざ帰られると無性に顔が見たくなって仕事にならない。だからいつも夫に怒られる。一番理想なのは、横にいて、仕事に邪魔にならないよう誰かが相手をしていてくれること。こんなこと言ったら、また夫にドヤされるだろうな....。

親類縁者もいない鎌倉では、もしチビを預けるとしたら保育園しかなく、1歳半ではまだその気になれず、そうなると夫と二人で頑張るしかない。幸いご近所さんや大家さんなど、気に掛けてくれる方がオヤツなどの差し入れや遊んでくれたりするため、チビも寂しい思いはしていないだろうが(たぶん....)、一日中あっち行け~!こっち行け~!と怒られっぱなしで、うんざりしているのは間違いない。まぁ、親を選んで生まれて来れないし、これがあなたの運命と諦めてちょうだい。

そう言えば先日、夫がたどたどしい日本語でチビに呪文のように教えていた。
『ボクノ オトウサンワ ボクノタメニ ニッポンニ キマシタ』

おいおい、私のためじゃなかったんかい!?