Dec 9, 2011

つづく.......


システムの都合で急遽HPをリニューアルすることになり、バタバタしているうちに12月になってしまった。とりわけ今朝は真冬並みの寒さで、師走を身近に感じる。

そんな中、家で業者が来るのを待つ時間があり、せっかくだからと読みかけの本を出して読んでいた。「八日目の蝉」という本で、テレビドラマにも映画にもなった有名な作品だが、どちらも見ておらず、誘拐した子供を大切に育てた母親とその子の運命、ぐらいのストーリーしか知らず、たまたまブックオフで105円で売っているのを見つけて買い、チビの読書妨害の合間を縫って少しずつ読み進めていた。

業者が来る直前は、島で逃亡生活をしていた母子が、不安を抱えながらも幸せなひとときを過ごしているところで、もしかしたらもう少しこの幸せが続くのかな、と思いながら業者が帰った後更に読み進めていると、場面は急展開し、誘拐犯の母親は捕まり、子供と引き離される、という結末になってしまった。

元々誘拐犯だし、とか、本当の親の気持ちは、とか、そういった社会の常識はともかくとして、4歳まで大切に育て、育てられた親と子が、突然引き離されるというその状況を想像して胸が詰まり、涙が溢れた。親は辛いし、子供はさぞ不安だろうと、普段あまりフィクションを読まない私だが、同い年の子を持つ親のせいか、想像するに難くないこの状況を思い、涙腺がゆるんでしまった。

ここで1章が終わったため、店番をしている夫に本を読んで遊んでいたことがばれないよう、目元の化粧を直して家を出た。真偽のほどは定かではないが、この作品は作者である角田光代さんが「母性愛」について考え、そこから生まれた作品らしい。「母性愛」かぁ~と、「父性愛」に満ち満ちている夫の懸命な店の改装工事姿を眺めながら、ぼんやりと考えていた。

さて、続きはどうなるのか。
またどこかの業者、来ないかな~♪♪

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Oct 24, 2011

上じゃなくて前ね!


トルコの地震、放射能汚染、カダフィ大佐射殺、タイの大洪水、etc......... なんて朝のニュースをテレビで散々見た後にシャワーを浴び、これからの世界はどうなっていくんだろう、なんてことを思い浮かべながら浴室から出てくると、『テテテ納豆ご飯じゃなきゃ嫌なのぉ~!』とベソをかきながらパパと大喧嘩している4歳のチビの声。

あぁ~、素晴らしい!なんて平和なんだろう!

未来は今の積み重ね。ついつい先のことを考えてしまいがちだが、今を一生懸命生きることが未来に繋がるのだ。わかっていても、これがなかなか難しい。

情報ツールがテレビと本ぐらいしかなかった昔に比べると、今ではネットで簡単に、より詳しく情報が手に入る。何も知らず平和ボケしながら遊び呆けていた自分の子供時代と違って、情報過多の今、子供達はどんなことを考えながら暮らしているのだろうか?

そう言えば、最近うちにいらっしゃるお客様の中で、お子様に霊能力がある方を多く見かけるようになった。元々純粋な子供には霊能力があると言われているが、その能力が薄れるといわれる中学や高校生などの思春期のお子様に、その能力を見るようになった。

原因は、もちろん一つには持って生まれた能力。誰もが身に付けられるものではなく、これは一種の才能である。しかし、問題はもう一つの要因である、親の不安や動揺が子供に影響を与えているケース。親だって人間、こんな不安をあおるニュースばかりでは、子供の未来に心配は尽きない。

じゃあどうすればいいのか?
前を向いて歩こう!
涙をこぼしてもいいから、歯を食いしばって、強く、たくましく、前を向いて歩こう!
そんな強さが、子供にも今の世の中にも必要な気がする。

ちなみに「テテテ納豆ご飯」とは、チャーハン(通称テテテご飯、なぜなら卵を割る音がテテテとチビに聞こえたらしく、この名が付いた)に納豆をかけて食べるという、微妙に面倒くさい、チビのお気に入りのご飯のこと。

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Oct 3, 2011

気まぐれな秋


すっかり秋めいた今朝の鎌倉で、枯れ葉舞い散る細道を自転車で保育園へと急いでいると、チャイルドシートに座ったチビが寒さのせいで『ヒャーヒャー』騒いでいた。車輪で踏みしめる枯れ落ち葉の「カシャカシャカシャカシャ・・・・・・」という小気味好い音が、何だか無性に心地良かった。こんな日はカフェで温かいカフェオレでも飲みながら、行き交う人をぼんやり眺めたいところだが.........さぁ、お仕事、お仕事。

せっかく気を引き締めたところで、チベットからとっくに届いてもいい商品が、中国の国慶節の影響で足止めを食らってしまった、とラサの友人から連絡が入った。あと1週間はかかる見込み、と言うことだ。あ~、なんだか出鼻をくじかれてしまった。やっぱりお茶しに行けと言うことかな?

今頃チビは、10日後に控えた運動会の練習で、顔を真っ赤にして走っているんだろうな~。

さて、気を取り直して、お仕事始めましょう!

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Sep 12, 2011

ちょー気持ちいい!!


朝ご飯の準備を終えてシャワーを浴びていると、ベッドから抜け出してきたチビがお風呂場の扉越しに『今日はもう20回だよね!』と声を弾ませて問い掛けてきた。最近うちのチビが愛して止まない「トランスフォーマー アニメイテッド」。そのロボットグループのリーダーで主人公でもある「オプティマスプライム」の変形玩具が、1ヵ月以上の時を経て、今日ようやくチビの手に渡るのだ。文字通り「夢にまで見た」オプティマスプライムを、これまで何度寝言で聞いたことだろうか。すぐに買ってあげることはできたのだが、友人からのお下がりや知人からの頂き物など、買ったものではないにしてもいつも身近におもちゃが溢れ、その扱いもぞんざいになってきたため、買い与えることを躊躇った。しかし、寝言で何度も聞かされているうちにだんだん可哀想になり、恋焦がれて約1ヶ月が過ぎた頃、『あと20回寝たら届くよ!』と言うと、スーパーで売られている小さなおもちゃ付きのお菓子でさえ買うのを止め、指折り数えて20回、今朝ようやくその日を迎えたのだ。

保育園へ行く道すがらも、自転車の後ろのチャイルドシートから「オプティマス」の話ばかりを聞かされた。きっと今日はニコニコ笑顔で、お弁当を完食して家に帰ってくるんだろうなぁ~と思うと、こっちも嬉しくなってくる。しかし、ここからがママの勝負だ。実はこの変形ロボット、非常に良くできているのだが、トランスフォームさせるのがなかなか難しく、4歳の子供が説明書を見ながらやるのは至難の業だ。一度覚えてしまえばなんてことはないのだが、最初は結構時間がかかる。おもちゃの修理はもちろん、パソコンや電気の配線などメカに強い私にとって、この手のおもちゃは朝飯前なのだが、それでもチビの目の前でスタイリッシュに変形を見せ付けるには、やはり予習が必要だ。ジョイントの具合やギミックの様子なども入念にチェックし、どや顔で説明書を見ないでトランスフォームさせるママは、最高にかっこ良く、それなりの地位も与えられる。現にメカに弱いパパは、これらの変形をいつもチビから教わることになるため、信頼度は低く、おもちゃに限らず家で何かが壊れたり調子が悪いときは、私に泣きついてパパには絶対触らせない。こんな時の優越感は、サイコーである

順調に予習を終え、後はチビの帰りを待つばかりとなった。
またしばらくはトランスフォーマーごっこに付き合わされ、眠らせてもらえない日々が続くであろうが、その辺りはご愛嬌として、スーパーママは今夜も光り輝くであろう。

ウッシッシッ......... ♪♪

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Aug 22, 2011

時の流れのアクセント



暑中見舞いを1通も出さぬまま残暑見舞いとなり、むしろ秋の気配がチラホラの今日この頃。夏らしいことは何もせず、スイカも2回しか食べなかったけれど、毎日チビに持たせる保育園の水着があと残り1週間だと思うと、何となく夏が名残惜しくなる。

大人になると、本当に時間が経つのが早い。勤めていた頃に比べると、時間を生かすも殺すも自分次第ではあるものの、店の営業に加え保育園の送り迎えや雑務が増え、自由な時間は全くと言っていいほど無くなった。モンゴルの草原のど真ん中の小高い山の上で、冷たい風に吹かれながらのんびりと大空を見ていた自分は、まるで異次元の自分ではないかと思えるくらいの今の生活だが、まぁ、これが地に足をつけて生きていく、と言うことなのだろう。

世界や宇宙規模で考えると、どんな悩みも些細なものになってしまう。しかし、そういう些細なものを一つ一つ処理していくことが大切なんだと、チビの成長を見ていて思う。大人になって何でもわかったようなつもりでいても、本当は何にもわかっておらず、面倒くさがって適当に処理しているだけだ。

ジャンケンで、ハサミが紙に勝ち、石がハサミに勝つことは理解できるが、紙が石に勝つことに納得がいかないチビ。『ほら、紙は石を隠すことが出来るでしょ?』と説明をしてみても、『紙と石が闘ったら絶対石の方が強い!』と言ってなかなか聞こうとしない。なるほど、でも、それは言えている。

どうでもいいことかもしれないが、こんな些細な疑問が大切で、だから一緒に悩んで立ち止まってみる。すると、楽しい別の世界が見えてきて、流されるばかりの時間の中で、ちょっとしたアクセントになったりする。

さぁ、今日も一日頑張ろうかな~♪♪

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Jul 12, 2011

祭りのあと


大人になって当たり前のようにこなしていることは、かつてそれらを経験したり学習したりしたからなのだということを、4歳のチビや謎のモンゴル人(夫)を見ていて度々気づかされる。知らないことは分からない。想像はできるが、大抵は間違っていたりする。そこで教えられて初めて知り、再び挑戦し、経験を積んで、自分の糧となっていくのだ。そんな当たり前のことを、いい歳の大人になってしまったせいか、度々忘れてしまう。

店の近くに住む、チビの保育園の同級生に誘われて、初めて近くの神社のお祭りに出向いた。小さな小さなお祭りだったが、近隣の方々が作った手作りの屋台がちょこちょこっとあって、保育園児にはちょうどいいほのぼのとしたお祭りだった。同級生の親御さんから頂いた屋台専用チケットを使い、輪投げやくじ引き、ヨーヨー釣り、そして金魚すくいなどを楽しんだ。とりわけ金魚すくいはチビにとっては衝撃的だったようで、初めて金魚すくいポイを手にし、これでどうやって動く魚を捕らえればよいのか、激しく戸惑っていた。結果は思ったとおり、ポイを水の中にジャボジャボ入れて金魚を追っかけ回し、あっという間に紙はビリビリに破れ、ただの輪っかになっていた。それでもオマケにもらった金魚1匹がとても嬉しかったようで、ビニル袋越しにツンツン突いてはニコニコしていた。

まだまだ知らないことが山ほどあって、出会う度に驚き、戸惑い、そして喜び、本人の糧になっていくのだろう。かつて私を散々旅へと駆り立てたものも、未知の世界への憧憬に他ならず、今も時折その衝動に駆られるが、チビの笑顔でしばらくは我慢できる。そう言えば、謎のモンゴル人(夫)が日本に来て一番エキサイトしたものは、トイレのウォシュレットだった。ちょっとしたホテルやデパートに備え付けてある便座の横のスイッチを、どうすれば良いのか個室の中で誰にも聞くことが出来ず、しばらくの間悩んでいたそうだ。これも間違いなく、未知との遭遇だろう。

100円ショップでちょうどいい大きさの金魚鉢を見つけ、オマケの金魚を移し替えた。パンを小さく千切って入れるようチビに教えると、小さい手で一生懸命丸めて金魚にあげ、『ほらっ!食べろ!何やってんだよ!』とけしかけていた。

こんな夏の夕暮れも、悪くない。

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Jun 28, 2011

その時歴史が動いた.....かな?


ひょんなことから、熱河離宮(現中国承徳)の写真を頂いた。
この地はかつて清王朝時代、数々のチベット仏教寺院が建立され、そこで多くのチベット仏教美術品が収蔵されていたにもかかわらず、その後の日中戦争や内戦、文化大革命などでそのほとんどが破壊されたり持ち去られたりした所である。わずか11点の写真ではあったが、当時の面影を知ることが出来る大変興味深いもので、頂いた時は隅々まで食い入るように見入ってしまった。(熱河の詳細はこちらから

歴史を知る術は古書を紐解くしかない。そして最後は、紐解いた者の判断に委ねられる。先日いらしたお客様は、本人曰く図書館で公に公開されていない古書を読み漁り、日本創世記頃の歴史を調べたところ、我々が学校で学び正しいとされていた日本史がどれだけいい加減で、そしてそれは日本のみならず世界史にも影響を及ぼしていることなど、彼女なりの見解を事細かに話して下さった。初老のご婦人だったが、何か資料を見るわけでもなく滔滔と話されるその語り口は実に明解で、大変興味をそそられた。事の真偽はもちろんわからないが、所詮どんな学者も当時へタイムスリップしない限り100%確実な答えは出せない訳で、だから歴史はロマンに満ち溢れていて面白い。

ちょっとした公の場で、そのお客様が独自の見解を述べ始めたところ、居合わせた学識の高い方々に頭ごなしに否定され、中には怒り出す方も出てきて大変な目に遭っい、それ以来あまり外では発言せず、一人粛々と調査の毎日だそうだ。勉強は「なぜ?」から始まる。幼い子供の「なんで?」は、勉強の第一歩だ。日本史や世界史は学校のテストの影響でとかく「暗記モノ」のイメージが強いが、これほど答えの不確かなものはなく、「なぜ?」の疑問に満ち満ちている。彼女のような見解があっても良い訳で、何よりも疑問を呈したことが素晴らしい。

私には彼女ほど明解に歴史を紐解く術は無いが、熱河の古い写真を見ながら、しばし清王朝時代にタイムスリップしたように当時の風景に思いを馳せてみた。

面白い!!

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Jun 8, 2011

色は匂えど、押っ張れば......


最近4歳の子供が、事ある毎に『おっぱれ~!』と言う。
造語の多いナンチャッテ日本語を話すチビだけに、また勝手に何かほざいているのかと思い適当にあしらっていたら、毎朝見る教育テレビの幼児番組で、主人公(?)が仲間とドタバタしている中で、『おっぱれ~!』と言っているのが耳に入ってきた。もしやと思いテレビの画面を見てみると、何かを穴の中から引っ張り出したり押し入れたりしながら『引っ張れ~!おっぱれ~!』と言っていた。つまり「おっぱれ」は「押っ張れ」だったのだ。チビがどのくらいこの言葉を理解して使っていたかは不明だが、大人の私は思わずクスリと笑ってしまった。

言葉は文化である。
そして、時代と共に刻々と変わり続けていく。
つまりは、言葉を見れば、当時の文化を推し量ることができる。
ギャル語が常態化し、日本語が乱れていると感じる今は、つまりそういう世の中だということだ。眉をひそめる人達もいるだろうが、これが現代日本の真の姿である。

かつて日本語教師の仕事を多少なりとも経験し、日本語に関する文献を色々読み漁り、その奥の深さに感動した。そんな素敵な日本語を残したいのならば、廃れいくものを嘆く前に、素敵な日本語を話したくなるような環境を築いていくことが大切だ。

私を「押っ張る」チビを、負けじと力で封じ込めた。いつもバタバタしている我が家では、ゆったりとした平安の言葉の再生は難しい。それでも、自分の思いを素敵な言葉で表せられるよう願いを込めて、毎晩(私の)眠い目をこすりながら、絵本を読み聞かせている。

天晴れ!!

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May 28, 2011

旅の空


旅をしなくなった。
正確に言えば、日々の生活が忙しくてできなくなったのだが、以前より旅を渇望しなくなった。

元々自分の旅のスタイルは、観光と言うよりはショートステイのような感じで、現地の人の目線で、現地の普通の生活を味わうのが醍醐味だった。だから近くに有名な観光地があっても行っていなかったり、名物料理に舌鼓もほとんどなく、現地の人で賑わう三流食堂やスーパーで普通にお惣菜を買って食べたりしながら、『うまい!うまい!』と大喜びをしていた。

そんな旅のスタイルだったから、名所旧跡巡りだけの旅行に比べれば、ずっとその町のことを知った気でいた。偉そうに人にそれを誇示することはなかったが、観光旅行の人が旅先のことを我が物顔で話している姿には、辟易していた。しかし、そんな自分も、やっぱり旅人でしかなかった。

旅人は所詮旅人だ。
これほど無責任な立場はない。
どんなに貧しい国で住民が困っているように見えても、実はそうではなかったり、逆に非常に裕福で平和で居心地が良さそうな国でも、裏では多くの人が泣いていたりする。長くても1週間や1ヶ月くらいしか居ない旅人には、その実情はわからない。それを一面だけ見て『かわいそうだ!助けてあげなきゃ!』とか『なんて良い国なんだ!』とか言うのはおこがましい。

もちろん、旅を全否定しているわけではない。行ったからこそわかるその国の様子や人情、また外から眺める日本の長所短所など、旅を通して学ぶことは多い。しかし、それが全部ではないこと、ほんのほんの一部であることを、常に肝に銘じる必要がある。そして良い旅をするためには、日本での日々の暮らしを如何に一生懸命行うか否かだ。

足下を見ないで遠くの空ばかりを眺めていては、いつか転んでしまう。足下をしっかり見て、それでももし転んでしまったら、遠くの空を眺めてまた立ち上がればいい。旅と生活との関係は、私にとってこんな感じかもしれない。

忙しい今は、遠くの空に思いを馳せながらも、今ここにある大地を一歩一歩踏みしめて歩く。もう一歩、あと一歩。

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May 11, 2011

生と死と


デジャヴュ、既視感という感覚があるが、チベット仏教の輪廻転生で説けば、これほど簡単なものはない。しかし、科学的には単なる「記憶異常」として処理されてしまう。最近、今更ながらだが、「チベット死者の書」を読み始めた。日本ではテレビ放映され、良くも悪くも有名な話だが、そうなるとテレビ的にイメージを植えつけられてしまいそうで読みたくなくなり、しばらく敬遠していた。ところが、先日偶然図書館で見かけ、手に取って最初のくだりを読んで引き込まれ、チベット仏教を語る上でやはり一度目を通しておかなければと思い、改めて読むことにした。

時間が無くてまだまだここで語れるほど読んでいないが、科学で証明できないものは虚であるという現代の考え方が、科学では割り切れない現代人の心を蝕んでいる、という解説には、これまで心を病んだ多くの人々を見てきて、納得が出来る。人間は、そんな単純なものではない。

死を考えることは、真剣に生きることに繋がる、とも書かれていた。未曾有の大震災で親しい人が亡くなったりなど、死を間近に感じて、今ここで平和に暮らしていることが、ある意味奇跡と思った人もたくさんいることだろう。こういう形で知ることになったのは残念だが、全く分からないまま無為に送る人生よりは、ずっと有意義だったかもしれない。

若くして癌で亡くなった母は、死期が迫る恐怖とどのように折り合いをつけていたのだろうか?癌で余命半年を宣告されながらも、何とか元気に1年を過ごしたお客様。藁をもすがる心情を吐露しながらも、今も格好良く生きている。死の恐怖を克服できたのだろうか?

この本の中に、何か良いヒントがあるといいな、と思っている。

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Apr 8, 2011

もう一回


いつも夜更かし気味のチビを寝かしつけようと、布団の上で絵本を読もうとした瞬間の夕べの地震だった。鎌倉は大した揺れではなかったが、ニュースで震源地が東北と知り、心が痛んだ。

震災の傷が癒えぬ中での大きな余震による精神的負担は、幾ばかりか計り知れない。せっかく気持ちを切り替えて前へ進もうとしていたのに、その決意をも揺るがされない出来事が次々と起こるが、しかし生きていく以上、前へ進むしかない。

復興を祈念してか、最近店で流しているラジオでミスチルの「HANABI」や、ドリカムの「何度でも」をよく耳にする。どちらのアーティストもファンではないが、それでもこの2曲は気に入っている。とりわけ「HANABI」は、まだ自分の答えが見つけられない中で、悩み、苦しみ、それでも何かを掴もうとするその健気な姿に、胸を打たれる。

海外を旅すると、特に発展途上国や新興国では、筆舌に尽くしがたい悲惨な光景を目にする。そんな中で暮らしてきた夫は、結婚して初めて日本へ来た時、こんなに裕福で平和な国なのに、なぜ皆暗い顔をしているのかと、日本人の第一印象を語った。大震災の中でも、秩序を守る日本人としてその行動が海外で絶賛されていたが、実際は負担に駆られて買い占めに走ったり、被災地で犯罪が多発したりと、心の弱さは皆同じだ。

苦しいのは自分だけではない。皆その苦しみを何とか乗り越えて、あるいは共存しながら、素敵な明日を願いつつ一歩一歩踏み出しているのである。

ドリカムほど頑張れなくても、ミスチルくらいなら何とかなるんじゃないかなと、歌を聴きながら思った。

被災した人も、そうでなかった人も、皆ガンバレ!

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Mar 18, 2011

反省と感謝ともう一歩


昨日は朝の10時から1時と、夕方の5時から8時の2回計画停電があり、営業的にも生活的にもさすがに参ってしまったが、電気が復旧した後にテレビのニュースで被災地の状況を見て、まだまだこっちはマシな方だと深く反省した。

地震が起きてから保育園がお休みとなり、周りの大人が停電やら放射能やらに振り回されてバタバタしているせいか、敏感な子供のストレスも溜まり気味で、事ある毎に大声を上げて泣きながら自分の存在をアピールしてくる。色んなことを考えて頭がいっぱいになっているが、やっぱり第一に子供のことを考えなければいけないなと、ここでも深く反省した。

震災後お客様の来店が激減し、当然売り上げも落ち込んでいることもあって、日増しに夫の機嫌が悪くなる。日本に来てから100年に一度の大不況、1000年に一度の大津波と、未曾有の事態に巻き込まれている夫は、ある意味スゴイかもしれない。日本で起こる不幸の原因を、全て私のせいにする姿勢には本当に腹が立つが、見知らぬ国での不安はどうしていいかわからないだけに、私以上に大きいのかもしれない。冷たい態度で接して悪かったかなと、少しだけ反省した。

『お米が買えないんだけど......。』と名古屋に住む姉にメールを送ったら、最初は『こっちももち米しか売ってない!』と返信が来たが、翌日『届くのに1週間かかるけど。』というメールが来た。有り難い!普段は音信不通だが、有事の時は何気に手を差し伸べてくれる。やっぱりお姉ちゃんだなと、母親や妻や店主の大役を忘れ、一瞬だけ甘えん坊の妹に戻れた気がした。

明日の計画停電は見送りになったと、今、ネットのニュースで流れていた。有り難い!

色んなことを反省して、色んなことに感謝する。
「天罰」発言はともかくとして、大切な事に気づく大事な機会かもしれない

一人でも多くの命が助かって、
それを助ける人々の心や身体が折れてしまいませんように。
そして強く生きていこう!

Mar 4, 2011

みかんでもいいや!


雲ひとつない青空、しかし真冬のような冷たい風が吹きすさぶ中、ちっちゃなリュックにちっちゃなお弁当箱とちょっぴり大きな水筒を入れて、意気揚々とチビが遠足に出掛けて行った。遠足と言っても、保育園から徒歩で9時に出発し、1時半には戻ってくるような短距離コース。それでも4歳の子供にとっては大冒険で、引率する先生方も終始神経ピリピリのことだろう。

そんなチビの大冒険に少しでもかかわりたくて、ママはいつもより1時間以上も早起きをして、せっせせっせとお弁当作りに勤しんだ。チビにとって初めての遠足だった秋には、定番の鶏のから揚げに卵焼き、まん丸おむすびに果物を入れて、かわいらしくデコレーションをしてみた。帰ってきてから何が美味しかったかと尋ねてみると、『(缶詰の)みかん!』と連呼されかなりガックリ。今回のリクエストもみかんと更にりんご、後は大好きな鶏のから揚げと酢飯だけの海苔巻き。『野菜は入れちゃダメよ!』と念を押され、『はい、はい!』と答えたものの、身体に悪いからとマカロニサラダを作って入れると、お弁当が出来上がった頃に起きて来たチビのチェックで撤去され、から揚げとみかんが倍増された。まぁ、今日は遠足だからいいか......?

以前TVで、母親が(たぶん)高校生の息子のために、毎日毎日朝早くから心を込めたお弁当を作り続け、最後の日に空っぽのお弁当箱に息子から「ありがとう!」のメッセージが入っていた、という感動のCMを一度だけ見たことがある。お弁当は一方的なメールのようなもの、という台詞が確か流れていた。私の母親は小さい頃はとても料理上手で、近所の奥様を家に招いて教えたりするほどで、確かに美味しかった記憶もある。しかし、高校に入った頃には『もう大人なんだから自分で作りなさい!』と母親から完全家事放棄宣言が出され、姉と当番で作ることになった。しかし、全く当番を守らない姉のせいで、結局朝から晩まで全部自分で作る羽目になった。

その後大学で家を出て、そのまま社会人になって一人暮らしをしたため、10年以上母の手料理を食べたことが無かった。久々に帰郷して母の家へ行き、温かい手料理でも振舞ってくれるのかと思いきや、『あんたの料理は美味しいから.......。』と乗せられて、結局私が振舞うことになった。そこで母の味を食べ損ねたまま間もなく母が他界したため、母の味は幼い頃の想い出の味になってしまった。想い出だから多少美化されているが、美味しかったろう母の味は、きっと今の私の料理の基礎になっていることだろう。

子供の想い出に五感で迫れるお弁当は、結構ずるいアイテムかもしれない。でもせっかくだから、このアイテムを十分活用してやろうと思う。まっ、母のように、中学校までで息切れしてしまわないよう、の~んびりとね!

今日のナンバーワンも、きっと「みかん」なんだろうなぁ.......。

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Feb 18, 2011

ジプシー魂


先日近所のコンビニで、鎌倉に来る前に住んでいた市のご当地ラーメンが、B級グルメとしてカップラーメンで販売されていた。そう言えば私がその地を離れる頃、市議会でB級グルメとしてこのラーメンをアピールしたらどうか、という議題が挙がっていたのを思い出した。若手議員やら商工会が頑張ったんだろうなと、製造元が大手メーカーであるのを見て感慨深く思った。

時を同じくして、チビの保育園のお迎えに出向いた時、保育園近くの大きな料亭の駐車場に、同じく前述の市の観光バスを発見した。私も何度か公務で利用したことがあり、懐かしいマリンカラーのボディを少し離れたところから写メして友人に送り、互いに懐かしんだ。

その市は故郷ではないが、故郷の名古屋よりも住んでいた期間は長い。しかも大学生時代の4年間と、少し間をおいて社会人になってから再び住んでいるため、たくさんの想い出がある。昔から飽きっぽい性格で、しかも好奇心旺盛で、さらには生来のジプシー魂を持ち合わせているせいか、どこかに落ち着き始めるとどこかへ移動したくなる。その町を離れた大きな理由は店の開業だったが、根底には私のそんな性格が作用していたような気がする。退職だ開業だとバタバタしながら鎌倉に来て、その後も忙しくて過去を懐かしむ余裕が無かったが、ここへ来てこれらの偶然に遭遇し、タイムスリップしたような気がした。まぁ、たまにはこんな時間もいいだろう。

中国の旧正月が終わって、来週には滞っていたチベットからの大量の荷物が届くだろう。確定申告の書類ももう少しで整理がつくし、ようやく本格的な新年度が始まる。本業の前の、チョットした閑話のような、ノスタルジックな数日であった。

いい加減に「閑話休題」しないと、店の掃除をしている夫に怒られるな........。
あ~大陸に行きたい!!

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Feb 4, 2011

鬼も~内!



早いもので、年が明けたと思ったらもう2月。
昨日はチビが通う保育園で節分の豆まきが行われ、他の園児が鬼を見て逃げ出す中、チビ一人、勇猛果敢に鬼に立ち向かい、必死になって豆を投げつけたそうだ。『勇気があって良かったよ~!』と、登園以来初めて先生からお褒めの言葉を頂いた。まぁ、何にしても、褒められるのは良いことだ。

うちの子に限らず、子供と言うのは正義感に満ち溢れている。性善説なのか、生まれて間もない頃からの勧善懲悪のすり込みのせいなのか、悪に対して正々堂々と立ち向かう姿は、見ていて清々しいものがある。私も幼い頃、チョット世の中が見えてきた時、『なんで弁護士は悪い人を助けるの?弁護士はおかしいよ!』と偉そうに言った事がある。今では世の中の複雑な事情もわかり、悪に対する認識も変わってきて、弁護士に対する「偏見」はもちろんなくなった。「正義」とは、難しいものである。それぞれの立場で、正しいことの基準が変わっていく。「正義」は一つ、と思っていた頃から比べると、私もたくさんの人生経験を積んだんだなぁと、今の立場を思った。

めまぐるしく移り変わる世界で、価値観も多様になり、正義の基準もより複雑になってきている。勧善懲悪の子供的発想ばかりでは世の中が滞ってしまうが、正々堂々と悪に立ち向かう姿には、心を動かされるものがある。その勢いは、「鬼」を外へ追いやるよりも、改心させてしまいそうなほどだ。ゆるぎない正義感は、それぐらいのパワーがある。

とあるスーパーで、うっかり隣の自転車を倒してしまった初老の婦人に、チビが『そんなことをしたらダメじゃないか~!』と真っ向から立ち向い、その過失を咎めていた。

う~ん、やっぱりまだまだだな..........。

Jan 18, 2011

ぼやき初め


今更ですが、..........
明けましておめでとうございます。
今年も頑張りますので、【蒙根】も私も、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、年明け早々バタバタしていまして、一つにはもちろんお店の営業。鶴岡八幡宮や銭洗弁財天への参拝の行き帰りに寄って下さるお客様で、ボチボチ賑わったりしています。そして次に仕入れ。2月に入ると中国が旧正月に突入してしまってチベットからの荷物が1ヶ月近く停滞してしまうため、今月中に3月までのあらかたの発注をしておかなければならず、あれやこれやと頭を悩ませています。

そしてもう一つが、夏の宿題のように山積みにされた確定申告関連の書類。
メンドクサイ........。
これだけは夫はノータッチのため100%自分でやらなければならず、難しくはないけれどただただメンドクサイ。『税金のために仕事しているんじゃない!』と言い切る夫の言い分も分かるが、誰かがやらなければ日本では合法的に営業はできないんだぞぉ~!この苦労をこれまで夫に何百回も言ってきたが、全く理解を得られないため今ではすっかり諦めた。あ~、でもメンドクサイ。

そんなてんやわんやの新年を、お餅もおせちも食べずに過ごしています。
いいんです。皆が元気であれば。
今年も前向きに生きていきましょう!

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